現代語訳

・(崇神)60年(上鈴680年)
 ・7月14日、君(崇神天皇)は「タケヒテルが昔捧げた神宝が見たいと思う、出雲に在る筈だから持って参れ」と詔した
 ・そこでタケモロズミを派遣することになった
  ・出雲に着けば、カンヌシ(神主)のフリネがコトホキ(神祝)のために筑紫に行っているという
  ・そのため、フリネの弟のヰイリネが宮(杵築宮)より出て詔に応えた
  ・その際、ヰイリネの弟のウマシカラヒサの子のウカツクヌを添えて神宝を捧げた
 ・この後、フリネが帰るなり、ヰイリネを責めてこのように言い放った
  ・「(私が帰るまで)大した日数でないにも拘わらず、恐れて神宝を渡すとは何事か
  ・この八百万文は、出雲の上代の道の基となる神宝であるぞ
  ・これを隠しておいたのに、後の栄えも考えずに容易く出すとは愚かなり」
 ・こうしてフリネヰイリネを恨み、暗殺を考えるようになった
 ・その後、兄のフリネが弟のヰイリネを欺いて「ヤミヤに行って玉藻のハナカヨミを見ようではないか」と誘った
  ・は頷き 共に向えば、は木太刀を置き、を水浴びに誘った
  ・もそれについて行くと、が水から上がっての太刀を帯びた
  ・は驚いて空かさずの木太刀を帯びれば、が太刀を抜いて斬りかかった
  ・は太刀を抜こうと構えたが、木太刀は抜けず、に斬られて呆気なく淵へと消え失せてしまった
 ・この出来事は世に歌う歌として『八雲立つ イツモタケルが佩ける太刀、葛多巻き あわれ錆び無し』と歌われた

※『日本書紀』に同様の説話があり、『古事記』ではヤマトタケルが行ったとされる(人物が異なる)

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用語解説

・フリネ(イツモタケル):出雲杵築宮の神主

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原文(漢字読み下し)

・六十年七月(ふそふつき) 十四日(そよ)御言宣(みことのり)
・タケヒテル 昔(むかし)捧(ささ)けし
・神宝(かんたから) 出雲(いつも)に在(あ)るお
・見(み)まく欲(ほ)し

・タケモロズミお
・遣(つか)わせは 神主(かんぬし)フリネ
・神祝(かんほき)に 筑紫(つくし)に行(ゆ)きて
・弟(と)ヰイリネ 宮(みや)より出(いた)し
・乙弟(おと)ウマシ カラヒサと子(こ)の
・ウカツクヌ 添(そ)えて捧(ささ)くる

・後(のち)フリネ 帰(かえ)えてヰイリネ
・責(せ)め曰(いわ)く 幾日(いくか)も待(ま)たて
・何(な)と恐(おそ)る 出雲(いつも)は上(かみ)の
・道(みち)の基(もと) 八百万文(やもよろふみ)お
・隠(かく)し置(お)く 後(のち)の栄(さか)えお
・思(おも)わんや 容易(たやし)く出(た)すと
・恨(うら)みしか 忍(しの)ひ殺(ころ)すの
・心(こころ)あり

・兄(あに)のフリネか
・欺(あさむ)きて ヤミヤの玉藻(たまも)
・花暦(はなかよみ) 行(ゆ)き見(み)んとてそ
・誘(さそ)ひ来(く)る 弟(おと)頷(うなつ)きて
・共(とも)に行(ゆ)く 兄(あに)は木太刀(きたち)お
・抜(ぬ)き置(お)きて 水浴(みつあ)ひ呼(よ)へは
・弟(おと)もまま

・兄(あに)まつ上(あ)かり
・弟(おと)か太刀(たち) 佩(は)けは驚(おとろ)き
・ヰイリネも 上(あ)かりて兄(あに)か
・木太刀(きたち)佩(は)く 兄太刀(あにたち)抜(ぬ)きて
・斬(き)り掛(か)くる 抜(ぬ)かれぬ太刀(たち)に
・ヰイリネは やみやみ淵(ふち)に
・消(き)え失(う)せぬ 世(よ)に歌(うた)ふ歌(うた)

・八雲(やくも)たつ 出雲(いつも)タケルか
・佩(は)ける太刀(たち) 葛多(つつらさわ)巻(ま)き
・あわれ錆(さひ)無(な)し

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現代語訳文の目的・留意点

・この現代語訳は、内容の理解を目的としています
・原文を現代語で理解できるようにするために、原文を現代語に訳して箇条書きで表記しています
・原文や用語の意味などについては「ほつまつたゑ 解読ガイド」をベースにしています
・原文に沿った翻訳を心がけていますが、他の訳文と異なる場合があります(現代語訳の一つと思ってください)
・文献独自の概念に関してはカタカナで表記し、その意味を()か用語解説にて説明しています
・()で囲んだ神名は、その神の別名とされるものです
・()で囲んだ文章は原文には無いものですが、内容を理解し易いように敢えて書き加えています
・人物名や固有名詞、重要な名詞については太字で表記しています
・類似する神名を区別するため、一部の神名を色分けして表記しています
・サブタイトルについては独自に名付けたものであり、原文には無いものです
・原文は訳文との比較の為に載せています(なお、原文には漢字はありません)
・予告なく内容を更新する場合があります