現代語訳

・この時、上鈴504年
 ・1月14日、若宮はアマツヒツキを受け継いでヤマトクニクル※(孝元天皇)のアマツキミとなった
  ・そして、"天の御孫(ニニキネ)の例"に倣って飾りを民に拝ませた
  ・また、母のホソヒメを上げて御上后とした
  ・また、12の局に后を立てた
・(孝元)4年(上鈴508年)
 ・3月、新都をカルサカヒバラに定めて遷都した
・(孝元)5年(上鈴509年)
 ・6月、内侍のウツシコメが御子を生みヤマトアエクニオオヒコ※と名付けた
・(孝元)6年(上鈴510年)
 ・イホトミヤ(孝霊天皇)の遺骸をムマサカ(馬坂)に納めた
・(孝元)7年(上鈴511年)
 ・2月2日、ウツシコメが内宮となった
  ・また、ウツシコヲがケクニヲミとなった
 ・12月1日、日の出と共に后が生んだ御子は斎名をフトヒヒというワカヤマトネコヒコ※である

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用語解説

・ヤマトクニクル:8代孝元天皇。『記紀』のオオヤマトネコヒコクニクルに当たる
・ヤマトアエクニオオヒコ:孝元天皇とウツシコメの長男。『記紀』のオオヒコに当たる
・ワカヤマトネコヒコ:孝元天皇とウツシコメの二男で9代開化天皇となる。『記紀』のワカヤマトネコヒコオオヒヒに当たる

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原文(漢字読み下し)

・時(とき)上鈴(あすす) 五百四年一月(ゐもよほむつき)
・十四日君(きみ) 和(あま)つ日月(ひつき)お
・受(う)け継(つ)きて ヤマトクニクル
・和(あま)つ君(きみ) 天(あめ)の御孫(みまこ)の
・例(ためし)なり 飾(かさ)りお民(たみ)に
・拝(おか)ませて 御上后(みうゑきさき)と
・母(はは)お上(あ)け 十二(そふ)の局(つほね)に
・后(きさき)立(た)つ

・四年(よとし)の三月(やよひ)
・新都(にいみやこ) 軽境原(かるさかひはら)
・五年六月(ゐほせみな) 内(うち)ウツシコメ
・生(う)む御子(みこ)は ヤマトアエクニ
・オオヒコそ

・六年九月六日(むほなつむか)
・廬戸宮(いほとみや) 骸(おもむろ)納(おさ)む
・馬坂(むまさか)や

・七年二月二日(なほきさらふか)
・ウツシコメ 内宮(うちみや)となる
・ウツシコヲ なるケクニ臣(とみ)

・十二月一日(しわすはつ) 日(ひ)の出(て)に后(きさき)
・生(う)む御子(みこ)は 斎名(いむな)フトヒヒ
・ワカヤマト ネコヒコの御子(みこ)

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現代語訳文の目的・留意点

・この現代語訳は、内容の理解を目的としています
・原文を現代語で理解できるようにするために、原文を現代語に訳して箇条書きで表記しています
・原文や用語の意味などについては「ほつまつたゑ 解読ガイド」をベースにしています
・原文に沿った翻訳を心がけていますが、他の訳文と異なる場合があります(現代語訳の一つと思ってください)
・文献独自の概念に関してはカタカナで表記し、その意味を()か用語解説にて説明しています
・()で囲んだ神名は、その神の別名とされるものです
・()で囲んだ文章は原文には無いものですが、内容を理解し易いように敢えて書き加えています
・人物名や固有名詞、重要な名詞については太字で表記しています
・類似する神名を区別するため、一部の神名を色分けして表記しています
・サブタイトルについては独自に名付けたものであり、原文には無いものです
・原文は訳文との比較の為に載せています(なお、原文には漢字はありません)
・予告なく内容を更新する場合があります