現代語訳

・(孝元)11年(上鈴515年)
 ・3月15日、后が生んだトトヒメと共に御幸した
  ・この際、ヘソキネがヤマトイケスにて御饗を為した
  ・ヘソキネの娘のイカシコメを膳出に召して後に内后とした、このとき齢14歳であった
・(孝元)13年(上鈴517年)
 ・イカシコメが生む御子の名はオシマコトといい、斎名をヒコフトという
・(孝元)14年(上鈴518年)
 ・7月、ハニヤスヒメハニヤスを生み、斎名をタケハルとした
  ・ハニヤスヒメは河内のアオカキカケの娘であり乙下侍であったが、これにより内后となった
・(孝元)22年(上鈴526年)
 ・1月12日にフトヒヒ(ワカヤマトネコヒコ)が代嗣となった、このとき齢16歳であった
 ・この後、オシマコトが、オウチの妹のタカチヒメを娶って間にウマシウチ※(ウマシタケヰココロ)を生んだ
  ・ウマシウチは、キウツの妹のヤマトカゲを娶って間に生んだのがタケウチ※である

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用語解説

・ウマシウチ:オシマコトとタカチの子で、タケウチ(武内宿禰) の父
・タケウチ:ウマシウチの子で、孝元天皇の曾孫。『記紀』でいうタケウチノスクネに当たる

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原文(漢字読み下し)

・守(まも)り以(も)て 田(た)に額(ぬか)つけは
・甦(よみかえ)り やはり若(わか)やき
・瑞穂(みつほ)充(あ)つ 民(たみ)糧(かて)増(ふゑ)えて
・賑(にきは)えは 大食主(おほみけぬし)の
・祭臣(まつりをみ) 名付(なつ)くそれより
・山背(やましろ)も 筑紫(つくし)直(なお)りも
・出雲(いつも)にも 伊勢(いせ)花山(はなやま)も
・年毎(としこと)に 祭(まつ)るカセフそ

・十一年三月(そひやよい) 十五日(もち)にまた生(う)む
・トト姫(ひめ)は 共(とも)に御幸(みゆき)や
・ヘソキネか ヤマトイケスに
・御饗(みあえ)なす 姫(ひめ)のイカシコメ
・膳出(かしはて)に 召(め)す内后(うちきさき)
・今年(ことし)十四(そよ)

・十三年一月三日(そみほはつみか)
・イカシコメ 生(う)む御子(みこ)の名(な)は
・オシマコト 斎名(いむな)ヒコフト

・十四年七月(そよふつき) ハニヤス姫(ひめ)生(う)む
・ハニヤスの 斎名(いむな)タケハル
・これ河内(かうち) アオカキカケか
・姫(め)の乙下(おしも) なる内后(うちきさき)

・二十二年(ふそふとし) 一月十二日(むつきそふか)に
・代嗣(よつき)成(な)る フトヒヒの皇子(みこ)
・今年(ことし)十六(そむ)

・後(のち)オシマコト
・オウチか妹(と) タカチ姫(ひめ)と生(う)む
・ウマシウチ これキウツか妹(と)
・ヤマトカゲ 娶(めと)り生(う)む子(こ)は
・タケウチそ

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現代語訳文の目的・留意点

・この現代語訳は、内容の理解を目的としています
・原文を現代語で理解できるようにするために、原文を現代語に訳して箇条書きで表記しています
・原文や用語の意味などについては「ほつまつたゑ 解読ガイド」をベースにしています
・原文に沿った翻訳を心がけていますが、他の訳文と異なる場合があります(現代語訳の一つと思ってください)
・文献独自の概念に関してはカタカナで表記し、その意味を()か用語解説にて説明しています
・()で囲んだ神名は、その神の別名とされるものです
・()で囲んだ文章は原文には無いものですが、内容を理解し易いように敢えて書き加えています
・人物名や固有名詞、重要な名詞については太字で表記しています
・類似する神名を区別するため、一部の神名を色分けして表記しています
・サブタイトルについては独自に名付けたものであり、原文には無いものです
・原文は訳文との比較の為に載せています(なお、原文には漢字はありません)
・予告なく内容を更新する場合があります